法務大臣になられた梶山静六さん

 「小説日本大学」に出ていた梶山静六さんの話をご紹介します。梶山さんは、竹下内閣の自治大臣として初入閣。その後も通産大臣、法務大臣、官房長官などを歴任されました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/梶山静六

梶山さんは、陸軍航空士官学校を卒業して、1947(昭和22)年に、戦災復興の力になろうと日本大学の工学部(今の理工学部)の土木工学科に進むのですが、大学を決めるときのエピソードが興味深いです。

「土木工学科のある大学は、官立では、北大、東大、京大、九大。私立では、日大と早稲田大であった。ミリタリズム復活を嫌って士官学校の出身者を官立は敬遠していたため私立を目指した。私立なら日大か早稲田である。私学の中では、土木工学科の創設は日大が最初で伝統を持っており、どこよりも有名であった。早稲田にも土木はあったが、有名なのは建築であった。梶山は、日大に進むことを決めた」

当時から、日本大学の理工学部の土木工学科は名門であったことが分かります。

コメント

このブログの人気の投稿

日本大学卒業の著名人

▶相撲の名門としての日本大学

感動の写真家、土門拳さん